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大阪高等裁判所 昭和27年(う)1108号 判決

控訴人 検察官 北元正勝

被告人 鄭奉訓

検察官 西山[先先]関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金千円に処する。

右の罰金を完納することのできないときは、金五拾円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

事実

被告人は韓国人であつて外国人登録令の適用については外国人とみなされるものであるが、昭和二十二年五月二日勅令第二〇七号外国人登録令施行の際京都市下京区西九条比永城町に、同年八月以降は同区西九条島町十六番地文信鶴方に居住し引き続き本邦に在留するにかかわらず、同令第四条の規定に準ずる登録の申請をしなかつたものである。

証拠の標目〈省略〉

法令の適用

外国人登録法附則第三項昭和二十四年政令第三八一号附則第七項昭和二十二年勅令第二〇七号外国人登録令(前記政令第三八一号による改正前のもの)附則第二、三項同令第十一条第一項、第四条第一項第十二条第二号、罰金等臨時措置法第二条、第四条、(罰金刑選択)刑法第十八条

(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)

理由

本件控訴の趣意は、本判決書末尾添付京都区検察庁検察官北元正勝作成の控訴趣意書と題する書面記載のとおりである。

昭和二十二年勅令第二〇七号外国人登録令(以下旧令と略称する)附則第二、第三項は、昭和二十二年五月二日右勅令施行の際本邦に在留する外国人は、この勅令施行の日から三十日以内に同令第四条の規定に準じて外国人登録の申請をしなければならないとし、もしその期間内に申請をしなかつたときは、同令第四条第一項違反の場合と同様同令第十二条第二号により処罰することゝ定めておるから、右の登録不申請罪は、登録の申請をしないことを内容とするいわゆる真正不作為犯であつて、その性質は履行すべき義務の継続する間は犯罪が継続して成立するところの一種の継続犯であると解すべきである。何となれば、継続犯とは一定の法益を継続的に侵害することによつて成立する犯罪であつて、その法益侵害の状態が継続する間はその犯罪行為が継続するのであるが、外国人登録制度が、本邦に在留する外国人について、同令第二条に定める除外例を除きすべて登録を実施させることを目的としておる趣旨から考えて、前記の附則第二項に定める三十日の期間は登録手続のための猶予期間であつて、その期間を過ぎても未登録者の登録申請義務は消滅せず、右の外国人が所定の登録申請をするか、又は国外に退去するか、あるいは法令の改廃によつて申請義務が消滅するに至るまでの間は、履行すべき義務が継続し、従つて不作為による法益侵害の状態が継続すると解すべきであるから、登録不申請罪は、外国人が不申請のまゝ所定の期間を徒過することによつてたゞちに成立はするが、その後においても登録申請義務の継続する間は、登録不申請罪という犯罪が継続して成立すると言わなければならないからである(大阪高等裁判所第七刑事部昭和二十六年六月一日判決参照)。

そして、昭和二十四年政令第三八一号外国人登録令の一部を改正する政令(以下改正令と略称する)附則第七項には「外国人登録令附則第三項において準用するこの改正前の第十二条第二号に掲げる罪を犯した者の処罰については、なお従前の例によるものとし」と定め、昭和二十七年法律第一二五号外国人登録法(以下新法と略称する)附則第二項、第三項には「外国人登録令(昭和二十二年勅令第二〇七号)は、廃止する」「この法律施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」と定めてあるが、これらの附則を通解すると、昭和二十二年勅令第二〇七号外国人登録令の施行当時から本邦に在留する外国人で所定の登録をしなかつた者の処罰については、その犯罪事実が改正令施行後に及んでもなお改正前の旧令罰則によるが、新法施行後においては、外国人登録令廃止の結果、旧令施行当時本邦に在留する者の登録申請義務を規定する前記附則も廃止となり、たゞ新法施行前における登録不申請罪として右旧令の罰則を適用せられるということになるのである。弁護人は、不作為犯は義務履行の可能であることを前提とするのに、期間経過後の登録申請は受理しないが申請義務は存するというのは失当であると主張するけれども、期間経過後の登録申請を受理しないという根拠が存しないのみならず、昭和二十四年四月三十日附法務庁民事局法務行政長官通達や、同年十一月一日附法務府民事法務長官、法務府刑政長官通達を以て、都道府県知事に対し、同令施行当時本邦に在留する外国人の未登録者から登録の申請があつた場合の取扱方が指示されておるところから見ても、登録申請義務の履行方法が途絶されていたものでないことが明らかであるから、右弁護人の主張は理由がない。

然らば、登録不申請罪の公訴時効は不申請という犯罪行為が継続する間は進行しないと解すべきであるのを右の不申請罪を前記三十日の期間経過によつて犯罪行為が既遂となると同時に終了する即時犯と解し、その時からたゞちに時効が進行すると結論するのは失当であると言わねばならない。

本件公訴事実は、被告人は朝鮮人であつて外国人登録令の適用については外国人とみなされるものであるが、昭和二十二年五月二日勅令第二〇七号外国人登録令施行当時以前から同年八月頃までの間京都市下京区西九条比永城町に居住し、爾後引続き今日に至るまで、同区西九条島町十六番地文信鶴方に居住しておるものであるが、今日に至るまでなお右勅令附則第二項に基ずく登録申請を行わなかつたものである、というのであるが、これに対し原判決は、被告人が昭和二十二年五月二日以前から本邦に在留していたにかゝわらず三十日の期間内に所定の登録申請をしなかつたことは証拠によつて認め得られるが、右登録不申請罪は登録申請をしないで法定の期間を経過することにより犯罪行為は既遂となつて終了し、その終了と同時に公訴時効が進行を開始するから、刑事訴訟法第二百五十条第五号所定の三年の期間を経過した昭和二十五年六月一日を以て時効が完成したと判示し、免訴の言渡をしたのは、法令の適用を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官の論旨は理由あり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に従つて原判決を破棄し、同法第四百条但書によつて更に判決をする。

検察官の控訴趣意

検察官は被告人に対し罰金千円を求刑したのに対し原裁判所は免訴の判決をしたが、右判決は外国人登録令中所謂登録不申請罪の時効の解釈を誤り延いては法令の適用を誤つているから破棄せらるべきである。

原判決は、被告人は朝鮮人であつて、外国人登録令の適用については外国人と看做される者であるが、昭和二十二年五月二日勅令第二百七号による外国人登録令施行当時から同年八月頃までは京都市下京区西九条比永城町番地不詳に居住し、その後引続き肩書地文信鶴方に居住している者であるが、今日に至るまで猶右勅令附則第二項に基く外国人登録の申請をしなかつた旨の公訴事実を認め乍ら、右登録不申請罪は登録申請をせずして法定の期間である三十日を経過することにより成立し犯罪行為は既遂となつて終了するのであり、その終了と同時に公訴時効が進行を開始するものと解すべきであるところ、外国人登録令第十二条第二号によれば本件犯罪は六月以下の懲役若くは禁錮又は罰金等に該当する罪であつて、刑事訴訟法第二百五十条第五号により公訴時効は三年であるから本件は登録申請期間の末日である昭和二十二年五月三十一日の翌日からその進行を開始し三年を経過した同二十五年六月一日を以て時効が完成したものと認め、昭和二十六年十月二十七日附東京高等裁判所第十二刑事部判決を採用し、本件公訴は、右時効完成後に提起されたものであるとして、刑事訴訟法第三百三十七条第四号を適用して免訴の言渡をした。然し乍ら原判決は前記の如く法令の解釈適用を誤つた違法がある。即ち、

第一本来外国人登録令(昭和二十二年勅令第二百七号)は本邦入国の総ての外国人に対し一定の期間内に所定の登録を為すべき義務を課したのであるが、そのうち法令施行当時在住の外国人に対しては、法令の周知徹底をはかり、登録事務の円滑を期する上から、昭和二十二年五月二日以降三十日間登録申請の猶予を与えたものであつた。

外国人登録令が規定した登録申請期間は、同期間中に登録申請をすれば犯罪を構成しない、という免責的な猶予期間であつて、右期間経過後に於ても、当該登録申請義務は依然存続していることは論を要しない処であり登録申請の行われる迄は義務違反の状態は継続するものである。従つて、右猶予期間内に登録申請義務を履行しないときは直ちに登録不申請罪が成立するのみならず、当該申請義務を履行しない間は其の違法状態がいつまでも継続する所謂継続犯と解すべきものである。故に斯かる違法状態は、犯罪者が登録申請を行うことによつて終了し、而して其の時から始めて其の終了した登録不申請罪の時効が進行を開始するものと解すべきことは本法の立法趣旨の一つである外国人に対する諸般の取扱の適正を期する為にも外国人は必ず登録され我国の相当なる保護を受けると共に反面国内の治安の維持の面に於ても必要欠くべからざるものであるとする法意を前提として当然であるのみならず既往の多数判例によつて右解釈は定立されたところである(昭和二十六年三月七日附東京高等裁判所第三刑事部判決、同年五月八日附仙台高等裁判所第一刑事部判決、同年六月一日附大阪高等裁判所第七刑事部判決等参照)。

第二飜つて本件について之れを観るに、被告人は原判決も之れを認める如く、昭和二十二年五月二日勅令第二百七号外国人登録令施行当時から、同年八月頃迄の間、京都市下京区西九条比永城町番地不詳に、爾後引続き今日迄同市同区西九条島町十六番地文信鶴方に夫々居住しているに拘らず、同勅令附則第二項所定の猶予期間中は勿論其の後引続き今日に至る迄同勅令附則第二項所定の登録申請を京都市下京区長に対し行つていないものであつて被告人の同勅令附則第二項違反の登録不申請の罪は、昭和二十二年六月一日を以て成立すると同時に当該違法状態は其の侭今日に至る迄引続き継続しているものであるのに原判決が右の如く刑事訴訟法第三百三十七条第四号を適用し、被告人に対し免訴の言渡しを行つたのは、右勅令附則第二項、同令第四条、及び同令第十二条第二号等の法令の解釈を誤つたものであり到底破棄を免れないものと信ずる。

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